もやしもん
![]() | もやしもん 1―TALES OF AGRICULTURE (1) 石川 雅之 (2005/05/23) 講談社 この商品の詳細を見る |
【感想】
菌が肉眼で見えるという大学生と、その仲間たちでダラダラと進む農大でのお話。
主に微生物に関係した豆知識がつまったようなもので、ミステリー仕立てになっているような話もあり、おもしろいです。
菌といっても、リアルなグロテスク体のものが見えるのではなく、デフォルメされたような愛嬌ある絵柄になっているので親しみやすいです。
こんなの↓
§
∞, ´ ̄ `:∞
∞i ・ ・ i∞
ヽ i二フ, '
「ヽ/|
レ-.J
農大という設定で、あまり馴染みのない背景もあるせいか、物語に引き込まれやすいです。
まだ完結はしてません。
統計はこうしてウソをつく
![]() | 統計はこうしてウソをつく―だまされないための統計学入門 ジョエル ベスト (2002/11) 白揚社 この商品の詳細を見る |
【感想】
統計とは、社会情勢の縮図です。
無作為に抽出した対象から全体像を見出すことのできる、世の中をグラフという視覚情報として簡単に知覚できるものです。
ですが、果たしてそれは本当に正しい情報なのでしょうか。
無作為抽出した集団が、そのまま世の中すべてにあてはまるといえるのでしょうか。
統計は、「母集団」の中から若干の「標本」を選び出し、そこから母集団の全体像を見出すという方法で作られます。
しかしその過程の中に、「推量、定義、計測、標本抽出」といった「どのようにして統計するか」という選択肢が含まれています。
これらをどう扱って統計していくかによって、同じ問題を扱ったとき結果がまったくの逆になることがあります。
これらの誤解による誤差を最小限に防ぐということを目的とするのが、この本のねらいです。
身近な事例を用いてわかりやすく、「常に批判的である」という態度が大切だと気づかされます。
自分のなかに歴史をよむ
![]() | 自分のなかに歴史をよむ 阿部 謹也 (1988/03) 筑摩書房 この商品の詳細を見る |
【感想】
「解るということはそれによって自分が変わるということでしょう」
この本は、なにかを研究する学者を志すものに向けた、著者なりの哲学書といえます。
「どんな問題をやるにせよ、それをやらなければ生きてゆけないというテーマを探すのですね」
著者はこの言葉をある有名な学者から聞き、自らもそれを捜し求めようとします。
何かを研究するためには、その対象の過去を知らなければならない。
では過去とは何なのでしょうか。
過去や未来というのは、現在を規定することで生まれる概念です。
では、現在とは何なのでしょうか。
現在の定義とは人それぞれです。どこから現在が始まったのか、近代とは、そして過去とは。
これを見つけなければ、研究は始まりません。
さらに、自分だけが思っているような、現代の定義を使用してしまうと誤解が生じます。
必ず、その対象物の過去を知らなければなりません。
このようなことをまぁだらだらと書いてあります。
小学生ぐらいが読んで感銘を受けるべき本であって、それ以上では読む価値はないかもしれません。
自分の小さな「箱」から脱出する方法
![]() | 自分の小さな「箱」から脱出する方法 アービンガー・インスティチュート (2006/10/19) 大和書房 この商品の詳細を見る |
【感想】
この本は、人間関係に悩んでいる人に向けて書いた本です。何がその関係性を悪くさせているのか、ということを徹底的に分析しています。
あいつが悪い、あいつはいやな奴だ、自分はこんなに頑張ってるのに……なんて考えたことはありませんか?
これは果てして、本当のことなのでしょうか?
箱、とありますがこれは、自己欺瞞の例えのようなもので、そのような状態に陥っている時、人は「箱に入っている」とこの本では例えています。
それは、自分だけの世界であり、他の情報を徹底的に受けつけづ、都合の良い自分を箱の中で作り上げて満足しているという状態のことです。
欺瞞とはそもそも、自己正当化であり、自分を傷つけまいとする脳の無意識下の作用であり人間は誰しも持っているものです。
本当は自分が悪いのに、それを認めてしまうと自分が打ち崩れてしまう。それを防ぐために、脳は自己正当化、そして他人の評価を下げることにより自分の位置を相対的に上へと押し上げていきます。
そうして箱の中に閉じこもってしまうと、コミュニケーションなど当然とれなくなります。
本書はその人間関係を考え直すための啓蒙書といえます。
まず、箱に入るまでの過程を述べています。
1、自分への裏切り
自分が「こうしたい」と思ったとき、それを行なわないことが、自分への裏切り、つまり欺瞞の始まりとなります。
2、自己正当化
そうなると、行なわないことを正当化するために、自分は悪くない、周りの環境がそうさせるのだ、と決め付けます。
3、心の視野の狭窄
周りが悪いというのは自分の決め付けに過ぎないのですが、やがてそれが本当のことだと感じ、根拠も無いのに周りが悪いということを確信するようになります。
4、箱に入る
その周りの擬似的な悪環境から逃れるため、自分の世界だけを作れる箱の中に入ることになります。
5、箱に入ったままの生活
やがて、その箱の中で構築した正当化された自分が真実だと錯覚し始め、実生活との齟齬が生じ、トラブルがうまれます。そしてトラブルが生まれることによりまた、「周りの環境が悪かったんだ」と錯覚の再認識をし、悪循環へと陥ってしまいます。
これがおおまかな、自己欺瞞の始まりの流れです。
ではこれの対処の仕方は、という点にうつっていきます。
それに際して重要なのは、自分の箱に気づくということです。
自分の欠点を確認するというのはつらいことかもしれませんが、それをしない限り、良い人間関係は気づけないのです。
それに気がついたら、箱から出るようにする。ありのままの自分でいながら、周りの環境を冷静にみつめてみる。
そして相手が悪いと感じたとしても、それを差し置いて自分が相手のために何か行動をする。
これが第一歩となってくるのです。
この本は会話形式の問答で進んでいて、非常に読みやすいのですが、誘導尋問のようなところがあり、少し騙されているような気分になりました。
また、この本は性善説をもとに構成しているような感じで、必ずしもうまくいくよには思えません。多少ひねくれているものには通用しないでしょう。
この箱の話は、特に通常の生活では全く使えないといっていいと思います。
会社などの、それもリーダー核の人間ではないと効果が無い、と言っているような内容です。
欺瞞を見つめなおす程度の本とみなして、活用して人間関係が必ずしもよくなると考えるのはやめておくべきかもしれません。
【関連】
書籍「黄金色の祈り」
眠りの森
![]() | 眠りの森 東野 圭吾 (1992/04) 講談社 この商品の詳細を見る |
【感想】
バレエダンサーであるがゆえの悩みによって、各々の悩みが交錯して複雑な事件へと発展する。
バレエの舞台裏を知ることができると同時に、そこから発生するダンサー独特の悩みも垣間見ることができます。
悲しい事件が再び、誰かの悲しみ憎しみを刺激し、再び事件が連続して起きてしまう。ドミノ倒しのようにずるずると。
愛憎劇のドラマ展開ですが、しっかりとバレエという設定をいかせている作品でした。
こどものおもちゃ
![]() | こどものおもちゃ―完全版 (1) 小花 美穂 (2003/07/15) 集英社 この商品の詳細を見る |
【感想】
こども目線で見た、社会やそれを取り巻く状況を描いた作品です。
といっても、作者が大人であることもあり、こども目線というのはいささか無理がある描写もちらほらと……。(つまり、妙に大人びた子どもの登場が多いということです、ハイ)
しかしそれを差し置いても、この作品は面白い。それはなんでなのでしょうか。
まず、この漫画では「大人たちの汚い面」を子どもの視点から描いているため、いささかシリアスな展開へと転がっていきそうな感じなのですが、そこは作者のうまいところで、絶えずギャグをちりばめています。
主人公がやんちゃでおどけた性格という設定にしてあるため、シリアスなシーンをのらりくらりとかわしていく様子が爽快です。
ギャグがあるということで軽薄なものになっているかとも思えそうですが、バッチリ最後は決めてくれます。思わず笑ってしまうようなギャグも、それが後々に「嫌な事も陽気に」という「子どもの健気さ」に変わっていき、ラストに向かっての感動の一因ともなってきます。ギャグが感動へと繋がるなんて、私は考えもしませんでした。
恋愛要素も勿論ありますが、そこには各人それぞれ「悩み」を持っていることにより、お互いくっつきそうになたり離れたりと、読者をハラハラさせるようにもなっています。
ラブコメとうたっていますが、そんなジャンルでは収まらない後世に残して恥ずべきでない作品でした。
超・殺人事件
![]() | 超・殺人事件―推理作家の苦悩 東野 圭吾 (2004/04) 新潮社 この商品の詳細を見る |
【感想】
推理作家であるがゆえの苦悩などを、ユーモアをきかせ皮肉たっぷりに語るお話。8つのエピソードがあります。
◆超税金対策事件
本が売れるようになってから、確定申告の税金対策に苦労し、それをどう切り抜けていくかという、切羽詰った追い込まれた描写がとてもリアルでした。
様々な費用を、経費としてキックバックさせるために、ありとあらゆる手段で作家は小説の中に無理やり情報をねじ込める様子が、笑えました。
◆超理系殺人事件
殺された人間とそれを取り巻く人が「理系」と呼ばれるものたちで、事情調査する警察がその理系という人間の難解さに四苦八苦するお話。
警察が、うんざりする様子が目に浮かび、笑えました。
◆超長編小説殺人事件
長編を望む読者の風潮にあわせて、作家が一度完成した小説をこじつけ無理やりに文章を長くさせていき、巨大長編を完成させるというお話。長編完成前と完成後の比較が載ってあるので、それを見比べることができ、やりすぎだろーと笑ってしまいます。
作家にとっては悩みなのだろうけど、その苦悩の様子と切り抜けようとするあがきのようなものが滑稽で面白いです。
【印象に残ったセリフ】
奇妙な時代だ、と思う。本をあまり読まないくせに、作家になりたがる者が増えている。さほど売れていないのにベストテンが発表されたりする。一般読者が知らないような文学賞が増えている。本という実体は消えつつあるのに、それを取り巻く幻影だけがやけに賑やかだ。
悠悠おもちゃライフ
![]() | 悠悠おもちゃライフ 森 博嗣 (2006/06/01) 小学館 この商品の詳細を見る |
【感想】
タイトルはおもちゃとありますが、「趣味」について著者の自論を述べた本です。
そもそも趣味って何だろうと、まず私は考えてみました。
まず熱中できること、無駄なこと(お金にならない)、創作的であること(読書などは受動的なためダメ)、など。
趣味の定義というのは、人それぞれでだと思いますし、例えば「音楽を聴くこと・映画鑑賞」などは、単なる娯楽であり、それは趣味ではないと唱える人もいます。
私もそういった創作性のないものは趣味と捉えません。
この条件下になると、いわゆる世間一般的にいうオタクの領域になってきます。
そこには、負のイメージがついてまわるというのが現状です。
どこか後ろめたい気持ちで、趣味に興じなければならない片身の狭い思いをしていることでしょう。
もちろん趣味ばかりに目をむけていて、他のことに気をまわさないことで迷惑をかける我侭なものであることには変わりません。
そこでこの著者は、あえて開き直って、「趣味」という我侭をいかにぎりぎりまでに突き通すかという視点に切り替えて話を進めていきます。
妥協はせず、周りとぎりぎりの協調を保つ、限界バトルが繰り広げられたエッセイ集です。
趣味について最近、なんか違うぞ……と違和感を感じてしまうようになった時に読むべきである本で、答えを教えてくれるのではなく立ち返って考えさせてくれる良い話でした。
【印象に残ったセリフ】
趣味においては、自分が素直に楽しいと感じることが、すなわち楽しいことである。この当たり前のことをみんなは忘れているようだ。完成させて人にほめられないと、認めてもらわないと、価値がないと感じるのは、知らず知らず仕事の価値観に染まっている証拠である。
サンタのおばさん
![]() | サンタのおばさん 東野 圭吾、杉田 比呂美 他 (2001/11) 文藝春秋 この商品の詳細を見る |
【超簡単なあらすじ】
なんでサンタのおじさんなの、っていうお話。
【感想】
子供向けの本です。
サンタクロースを題材にした、「なぜ、こうでなければいけないのか?」という固定観念に対するストーリー。
サンタの服は赤じゃないといけないのか。
サンタの肌の色は白じゃないといけないのか。
サンタには白い髭がはえてないといけないのか。
そして、サンタはおじさんじゃないといけないのか。
この固定観念について、サンタクロース協会が話し合い、無意味な考えに縛られていることに対して、答えを出す。
世の中の当たり前と思っている部分に目を向けよう、というありがちなお話です。
題材がサンタという親しみやすいものを用意してあり、読みやすかったです。
十字屋敷のピエロ
![]() | 十字屋敷のピエロ 東野 圭吾 (1992/02) 講談社 この商品の詳細を見る |
【超簡単なあらすじ】
十字型の屋敷で起きたある事件を、人形であるピエロの視点を交えて語るお話。
【感想】
どんでん返しミステリーでした。
二転三転しますが、その三転目は読者にゆだねるというかたちで曖昧なまま残している部分が印象的です。
館もののミステリーでは、その館の特徴を生かせていないものが多い中、この作品では見事成功しているといえます。
また、館の周りの描写についても事前に伏線となっていて、無駄がない設定といえます。
また、ピエロという人形の視点を用いているところが、おもしろいです。事件の現場を目撃しているのはそのピエロだけであり、古畑任三郎の冒頭にある犯人の殺害シーンを自分だけが見ているというような楽しさがありました。(しかし、これもトリックの一部なのですが)
良作でした。
λに歯がない
![]() | λに歯がない 森 博嗣 (2006/09/06) 講談社 この商品の詳細を見る |
【超簡単なあらすじ】
密室に歯がない4人の死体がころがってましたよー、というお話。
【感想】
この本はシリーズものらしいのですが、それを除外した形で、内容に触れていきたいと思います。
耐震強度偽装問題があってこの作品が作られたのかー、とも思えるようなトリックでした。
耐震と免震についての建築物構造の説明があり、これが伏線となってくるのですが、まぁ冒頭からやけに建物の配置についてうるさい描写なので、気づきやすいでしょう。
以上、これだけです。シリーズ性を除外すると、なんとも薄い内容になります。
私はこのシリーズの作品を読むのをやめることを決意しました。
一作で完結しない作品は読むに値しないと私は考えています。それは、一作で完結させることができない、だらだらと引き延ばすスタイルに嫌気がさすからです。
タイトルの「λに歯がない」という言葉の意味が、明確にはなっていないし、無駄な人物の描写(次へと続く作品への伏線)が多すぎ、また全体的に余白が多いこともあり、ひどく薄っぺらい印象が残ります。
登場人物の会話もくだらない(古臭い)し、なによりただ仲間内で議論するだけで、これもダラダラとした感がうまれてくる原因かもしれません。
全体的に気持ち悪いです。終わり。
雑記5
赤という色について。
まず日常的に目にする、赤いものをひたすら挙げていきます。
郵便ポスト、赤信号、車のブレーキランプ、テレビなどの待機電源、カレンダーの日曜、日没、血など。
これらに共通する色彩観念は、「危険」というものが根底にあります。
上記の例などでは特に、血がメジャーなものでしょう。人によりますが赤い血をみることでなにかしらの「危険」を感じ取ります。
またこの「危険」から転じる意味のものもあります。
例えば、車のブレーキランプ、赤信号などは「危険→いったん立ち止まって冷静になれ」みたいなイメージでしょう。
カレンダーの日曜なども、「一週間の疲れが溜まり危険だから、休め」という警告的な要素を含んだものです。
つまり「いったん休止」といった意味合いにもなってくるわけです。
そうすると、テレビなどの待機電源が赤ランプなのもうなづけますし、日没も「太陽のおつとめ終了」という意味での「休止」が感じられます。(まぁしかし、実際太陽はずっとおつとめ中なワケですが……)
そして最後に残った郵便ポストですが、これは手紙などの立場に立って考えるとわかりやすいと思います。
要するに、目的地までの道のりにおける「休憩所」の役割をポストがしているわけです。
人は他の生物よりも色彩を感じ取れるわけで、そこに何かしらの意味が隠されているがため「色を判別できる能力」が進化で獲得できたと捉えれば、もっと身の回りの色に対するおもしろさが増してくるかもしれません。
まず日常的に目にする、赤いものをひたすら挙げていきます。
郵便ポスト、赤信号、車のブレーキランプ、テレビなどの待機電源、カレンダーの日曜、日没、血など。
これらに共通する色彩観念は、「危険」というものが根底にあります。
上記の例などでは特に、血がメジャーなものでしょう。人によりますが赤い血をみることでなにかしらの「危険」を感じ取ります。
またこの「危険」から転じる意味のものもあります。
例えば、車のブレーキランプ、赤信号などは「危険→いったん立ち止まって冷静になれ」みたいなイメージでしょう。
カレンダーの日曜なども、「一週間の疲れが溜まり危険だから、休め」という警告的な要素を含んだものです。
つまり「いったん休止」といった意味合いにもなってくるわけです。
そうすると、テレビなどの待機電源が赤ランプなのもうなづけますし、日没も「太陽のおつとめ終了」という意味での「休止」が感じられます。(まぁしかし、実際太陽はずっとおつとめ中なワケですが……)
そして最後に残った郵便ポストですが、これは手紙などの立場に立って考えるとわかりやすいと思います。
要するに、目的地までの道のりにおける「休憩所」の役割をポストがしているわけです。
人は他の生物よりも色彩を感じ取れるわけで、そこに何かしらの意味が隠されているがため「色を判別できる能力」が進化で獲得できたと捉えれば、もっと身の回りの色に対するおもしろさが増してくるかもしれません。
落下する緑
![]() | 落下する緑 永見緋太郎の事件簿 田中 啓文 (2005/11/29) 東京創元社 この商品の詳細を見る |
【超簡単なあらすじ】
ジャズをからめた日常的なミステリーのお話。
【感想】
これはかなりおもしろいお話でした。
伊坂幸太郎にも似たユーモラスな洒落た会話あり、きれいな伏線の収拾あり、救われるラストの連続です。
ジャズと銘打ってますが、そこまで専門的でもなく、特に音楽に詳しくなくても楽しんで読める傑作でした。
私はこの手の「日常的」なミステリーが好きです。警察も必要とせず、身近である分親しみ深いというものがあるからでしょうか。
爽やかで鮮やかな事件の結末はすっきりすること間違いなしです。
特に永見緋太郎というキャラクターが憎めなくて笑えます。
黄金色の祈り
![]() | 黄金色の祈り 文春文庫 西澤 保彦 (2003/11/08) 文藝春秋 この商品の詳細を見る |
【超簡単なあらすじ】
どろどろでぐとぐとなお話。
【感想】
これはマイナスのオーラがぷんぷん漂っていますね。
読後感は最悪ですね、良い意味で。
人間のどうしようもない部分を、どうしようもないまでも引き出して、どうしようもないまでもさらけ出したお話ですね。
一度やってしまって、それが引き返せなくなり、それが泥沼化して、さらに同じことを繰り返し、やがてはそれが自分の核となってしまう、負の連鎖。
それだけ救いようの無い話でありながら、おもしろんですねこれ。読む最中は。
それは、このお話の主人公がどこか自分に当てはまるからなのでしょう。自己投影みたいな。
とにかく読後感の憂鬱な気分は、多くの人が味わうでしょう。人生に対する絶望みたいな気分です。
あー、しばらく立ち直れないです……。うぇぇっ
千円札は拾うな。
![]() | 千円札は拾うな。 安田 佳生 (2006/01/20) サンマーク出版 この商品の詳細を見る |
【超簡単なあらすじ】
株式会社ワイキューブの経営戦略、理念についてのお話。
【感想】
要するに、目先の利益にとらわれるな、
目先の安心に甘んじてないで、リスクをもって、将来における利益を追求しろ、と長々と書いてあるだけです。
これは、たまたまこの会社が、この理念で成功を収めたというだけの単なる自慢話で、
すべてに通じると言うものではないと思います。
非常に危険な考え方であり、ハイリスクであることは間違いないです。
しかし、この本書のような考え方は、普通の生活においては必要であるということはいえます。
当たり前のことを再確認するという意味で読むべきであり、これを企業が真似するというのは危ないことでしょう。
読む価値はありません。
千円札は拾うべきです。
「頭が良い」って何だろう
![]() | 「頭がよい」って何だろう―名作パズル、ひらめきクイズで探る 植島 啓司 (2003/09) 集英社 この商品の詳細を見る |
【超簡単なあらすじ】
勉強ができること、IQが高いこと、世間的にいわれる「頭が良い」ってのは何を根拠にしたものなんだろー、というお話。
【感想】
頭が良い、っていうのは相対的なものだと私は思っています。絶対的な定義は存在し得ないはずです。頭が良いことを判断するのは、頭(脳)であり、脳自身が脳のことを考えるというのは無理があるからです。
幼稚園から高校までは、俗にいう「勉強ができる」ということが「頭が良い」ということのステータスになっています。
一般的な社会人になると、それまでのものとはまったく異なった「世渡り上手」であることが「頭が良い」ものになっていきます。
暗記が得意、計算が速いなどといったものを「頭が良い」と捉えている風潮がありますが、これらはコンピュータのある現在では必要の無い要素となってきつつあります。
このように考えていくと、頭が良いというのは何を意味しているのかわからなくなります。
そこでこの本では、過去の偉人(パラダイムシフトを起こした人物たち)に焦点をあて、彼らの持つ特徴に類似した思考ができる人ほど「頭が良い」という評価へとつなげていく、という形でお話が進んでいきます。
その彼らに特徴的なのは、「直感」に頼っている、という部分にあります。
決して数式などに頼って道を探り出すのではなく、おそらくこうだろうという直感からくるひらめきから新しい発見を生み出しています。
ではその直感とは何か、というと、それは「あらゆるパターンをいかに素早く切り替えながら試していけるか」というものです。
すなわち、「できるだけ多くの見方を試す」こと、につきます。
多角的なアプローチをどれだけ見つけられるかということでしょう。
これが、「頭が良い」という意味だと本書には位置づけられています。
しかし、それが本当に「頭が良い」ということにはなりません。実際、その定義からくる「頭の良すぎ」のため、コミュニケーションがうまくはかれず、苦労している方もいます。
それを考えると、相手から見ればコミュニケーションのとれない不器用で頭の悪い人という見方をされる可能性もあります。
この本のタイトルにあるように、著者自身も判断しかねています。頭が良いかどうかを調べること自体ナンセンスなのかもしれません。
【印象に残ったセリフ】
これまでの<頭の悪さ>は近い将来に<頭のよさ>に逆転する可能性もある。そうした場合に備えて、われわれは、複数の<頭の悪さ>を知っておく必要があるかもしれない。
11文字の殺人
![]() | 11文字の殺人 東野 圭吾 (1990/12) 光文社 この商品の詳細を見る |
【超簡単なあらすじ】
「狙われている」と怯える恋人が殺され、彼の遺品からある資料が盗まれる。警察に助けを求めないという恋人の不審さ、見られてはまずいといわんばかりの資料の盗まれ方。これらの異常さをもたらす秘密を探る、サスペンス溢れるお話。
【感想】
「無人島より殺意をこめて」
このたった11文字の手紙が引き起こす、殺人事件の連鎖。復讐劇をおもわせるかのような入り方で物語が始まっていきます。
このお話は、人間の手前勝手さが引き起こす、人間として恥ずべき作品です。
人間の自己正当化とは、あくまで利己的な立場で行なうもので、狡賢い、狡猾さを伺わせるものです。
何が正しいか何が間違っているかわからない問題というものも、この世の中にはあります。
そういう状況下になったとき、人間は「正当化」を行なう。
「こうするしかなかったんだ」と。
自分本位で、ベストよりベターな手段を選ぶ。多数の被害を避けるための少数の被害。
これらが引き起こす、ある殺人事件。
そしてそれに立ち会った人は、「彼が悪いんだ」と言い訳をします。
しかし、あくまでそれは言い訳。自己正当化という名の言い訳。
よりにもよってたちの悪いのが、自己正当化をする人たちは心の中のどこかで、「自分たちが間違っていることを知っている」。真実はわかっている。
しかし、自己のためにそれをひたすら隠し通す。
人間とは弱い生き物だというセリフがでてきますが、これの真意はどのようなものかを考えてみる必要がありそうです。
【印象に残ったセリフ】
それに、と人はいう。それに人間とは弱い生き物なのだ――。
一般論ではあるが、誠実さはない。
やはりこの女も、真の答えを知っていたのだった。それを弱さという名の狡さで隠していただけなのだ。
彼らは自分たちの行為を当然だとさえ思っている。人間ならば当然だと。
人間ならば?
とんでもない。
彼らが行なったことは、最も人間的なものを否定することに等しいのだ。
雑記4
「〜に似てるよね」と声をかけられました。
その対象物(人なり、動物なり)に自分が似ているかどうかは定かではありません。
問題はそこではなく、その相手の行動にあります。
まず、なぜ類似物を見つけ出そうとしているのかという点が一つです。
日本人は特にトポロジー(相似、類似)的なものが好きだと言われていますが、どうしてそうなるのでしょうか。
人間は古くから共同体(群れ)を作ることで生活を成してきました。その方が都合が良いから(役割の分担など)です。同じ考えや気の合う人が集まるのも、同じことでしょう。
しかし今回のケースでは、相手は自分自身に似たものを見つけ出している、というわけではありません。
自分とはまったく別の対象物を、他の対象物と照らし合わせて類似を発見しようとしています。因数分解みたいなものです。
これは、「分類整理」に近いものがあるのかもしれません。
スーパーなどで、食品の種類によって分類されているのは、その方が私たちにとって探しやすいという利便性を含んでいるからです。
ですが、今回のケースの「私が誰かに似ている」という情報をその人が得てどうしようというのでしょうか。
これが疑問その一。
次に、なぜそのことをわざわざ私に報告するのか、という点です。
このケースの場合、大抵が嬉々とした表情で伝えてくることが多いです。まるで、そのことが私を喜ばすかと考えているかのような感じです。
実際、誰かに似ていると言われても、ちっとも嬉しくありません。かといって不快にもなりません。ようするに、さして重要ではない情報ということです。
報告されて私の何が変わるのでしょうか。
これが疑問その二。
以上の二点の疑問を解決してくれるそれなりの結論は、「類似という共同体を得ることで人は安心する」と多くの人が無意識に感じているということなのかもしれません。
それがあるから、他人に「類似物がある」と伝えることで、それがその他人を安心させ喜ばせる、と思っているのでしょう。
しかし、現在では、群れを作らなくても生きていける世界へと移ってきています。
そのことが、私のような「共同体なんて必要ない」という(世間的に)偏屈な考えをもたらし、今回のような齟齬を生み出したのかもしれません。
その対象物(人なり、動物なり)に自分が似ているかどうかは定かではありません。
問題はそこではなく、その相手の行動にあります。
まず、なぜ類似物を見つけ出そうとしているのかという点が一つです。
日本人は特にトポロジー(相似、類似)的なものが好きだと言われていますが、どうしてそうなるのでしょうか。
人間は古くから共同体(群れ)を作ることで生活を成してきました。その方が都合が良いから(役割の分担など)です。同じ考えや気の合う人が集まるのも、同じことでしょう。
しかし今回のケースでは、相手は自分自身に似たものを見つけ出している、というわけではありません。
自分とはまったく別の対象物を、他の対象物と照らし合わせて類似を発見しようとしています。因数分解みたいなものです。
これは、「分類整理」に近いものがあるのかもしれません。
スーパーなどで、食品の種類によって分類されているのは、その方が私たちにとって探しやすいという利便性を含んでいるからです。
ですが、今回のケースの「私が誰かに似ている」という情報をその人が得てどうしようというのでしょうか。
これが疑問その一。
次に、なぜそのことをわざわざ私に報告するのか、という点です。
このケースの場合、大抵が嬉々とした表情で伝えてくることが多いです。まるで、そのことが私を喜ばすかと考えているかのような感じです。
実際、誰かに似ていると言われても、ちっとも嬉しくありません。かといって不快にもなりません。ようするに、さして重要ではない情報ということです。
報告されて私の何が変わるのでしょうか。
これが疑問その二。
以上の二点の疑問を解決してくれるそれなりの結論は、「類似という共同体を得ることで人は安心する」と多くの人が無意識に感じているということなのかもしれません。
それがあるから、他人に「類似物がある」と伝えることで、それがその他人を安心させ喜ばせる、と思っているのでしょう。
しかし、現在では、群れを作らなくても生きていける世界へと移ってきています。
そのことが、私のような「共同体なんて必要ない」という(世間的に)偏屈な考えをもたらし、今回のような齟齬を生み出したのかもしれません。
アイの物語
![]() | アイの物語 山本 弘 (2006/06) 角川書店 この商品の詳細を見る |
【超簡単なあらすじ】
人間と人工知能(AI)が織り成す、未来の真実、フィックションであるが故の真実、アイの真実についてのお話。
【感想】
この物語には、多くのアイが内包されています。それは、愛であったり、哀であったり、人間とAIとの逢であったり、そしてi(虚数)だったりします。
この作品に出てくるAIは、ロボットという簡単なものでは言い表せなく、人間よりももっと純粋で知能の高い生命体です。鉄腕アトムやドラえもんなどのようなロボットは人間臭さが含まれているのに対し、この物語のAIはまったくそれがありません。しかし、それはAIが無機的であるということではありません。人間臭さを乗り越えた人間といったほうが良いでしょう。
人間はときに、論理的になれない。倫理的にでもできない。なのに論理だ倫理だと騒ぐ。
しかしAIはそのような人間のもつ「欠点」を「受け継いで」乗り越えます。そこに純粋さと洗練さ、静謐な美しさを垣間見ることができました。
人間の脳が起源であるAIは、それはもう地球上の生命と同じといっても過言ではありません。ロボットではなく、進化した生命体。
短編をまとめて長編にした作品のようですが、それをうまくまとめているなと感じます。
最初はヴァーチャルなお話で、まだAIなどは確立していないところから始まり、やがては、コンピューター上でのAIとのやりとり、そしてロボットとしてAIが誕生するという順を追った話でとてもわかりやすいです。
ロボットと人間が心を通い合わせる、というありがちな物語ではなく、そんなことができないからこそわかちあえるものがある、というもので、AIをあくまで人間とは異なるものと捉えた文章が魅力的です。
そして最大の魅力は、AIの会話にはAIにしかわからない言葉を連ねているというところです。それはどこか曖昧な、ファジィな、未知の概念であり、それは人間である読者には理解できなません。言葉の説明もありません。しかし、「なんとなく」のままならその概念を解釈して読むことができます。決して、その言葉の真意にたどり着くことはできません。それは人間が他の動物の意思相通の言葉などを理解できないのと同じこと。それを身を持って体感できるのが、この作品の究極的な魅力といえます。
美しいといって恥ずべきでない作品でした。秀作です。
【印象に残ったセリフ】
「すべての人間は認知症なのです」
「ようやく僕は、マシンがヒトをどう見ているのかを理解しはじめた。彼らはヒトの知性が劣っているとみなしているが、それは蔑みではない。僕たちはが犬や猫や馬や鳥を「ヒトと異なる生物」と認識して、ヒトのように賢くないという理由で侮蔑しないのと同じで、単に僕たちを自分たちと異なる存在と認識している」
【関連】
書籍「神は沈黙せず」
ギャグマンガ日和
![]() | ギャグマンガ日和―増田こうすけ劇場 (巻の1) 増田 こうすけ (2000/09) 集英社 この商品の詳細を見る |
【超簡単なあらすじ】
シュールでブラックで不条理なギャグをちりばめたお話。
【感想】
まず、シュールということについてですが、この作品のキャラクターの多くは「目に光がない」という特徴があります。
普通、漫画のキャラクターには、「目の輝き」を描写していて、どこか生き生きとした瞳を書き分けています。
しかし、この作品には、光があたっていないかのように、目が暗くなっています。(瞳がすべて黒ベタ塗り)
それによって「どこを見ているかわからない」雰囲気や、「生気が無い」、また「冷めた目つき」を作り出しており、それがこのシュールさを引き出しているのだと思います。
さらに、キャラクターが少し斜めで描かれているというところも、シュールさに繋がっています。
斜めということは、相手に目を向けるとき、目だけ横にずらさなければなりません、そうなると、相手を「蔑視」するかのような、はたまた「見下す」かのような、そんな表情が作られます。
不条理についての例は、不自然な体勢とか、明らかに多い出血、奇妙な擬音、物理法則を無視した行動、などよくわかりません。不条理ですから。
ブラックについては、これはSMみたいなものがあります。この作品ではSのボケとMのツッコミ、SのツッコミとMのボケみたいな感じで分けられており、その上下差からくるものがブラックなオーラを出しているようです。
ギャグマンガにありがちな、「タメ」もうまく使い分けています。タメというのは、ボケの後の空白感に満ちたコマのことで、これを使うことで次にくるツッコミの威力が増すというものです。多分。
「ツッコミが来るぞ来るぞー」と期待して、次のコマのツッコミでスカッとする寸法でしょう。
賛否両論のようなのですが、頭の堅い人にはお勧めできないかもしれません。理解するよりは、ギャグを「目で見て」感じ取ることができればベストでしょう。それが、小説ではギャグが難しいといわれる所以なのかもしれません。
【名言】
「お死マェバッしマァッアバァッ」
【関連】
書籍「すごいよ!!マサルさん」「ピューと吹くジャガー」
雑記3
日本に、音楽を評価する正当なシステムが存在するのだろうか、という疑問についてです。
オリコンのCD売り上げランキングがあるではないか、と人に言われました。
しかし、このランキングはどう考えても、純粋な音楽を評価しているとは思えません。
エンターテイメント性のコンテンツを含んだものを、CDというメディアを媒介としているだけで、音楽のみを評価しているわけではありません。
ジャケットであったり、おまけCD・DVD・グッズ、などといった音楽とは一切関係ない装飾物も含まれています。
さらに演奏者などのヴィジュアルも加わってくることになり、何がなんだかわからない状態です。
マスメディアが頼りにならない分、ネットならなんとかなるかもしれません。
匿名性もあり、純粋に音楽だけでの評価ができるかもしれません。素人でも簡単に投稿できるという点もあります。しかし、音質が悪いという難点もありますが。
しかしそうなってくるとしても、今度は視聴者側にも問題がおきてきます。
素人も多いのだから、という理由で敬遠しがちになったり、きちんとした評価をせずに聞くだけで終わるといったこともあるでしょう。
仲間内で組んである人物に高い評価をつけたり、その反対であったり、捏造されることもあるでしょう。
普遍的なランキングは存在はしえないことになります。
オリコンのCD売り上げランキングがあるではないか、と人に言われました。
しかし、このランキングはどう考えても、純粋な音楽を評価しているとは思えません。
エンターテイメント性のコンテンツを含んだものを、CDというメディアを媒介としているだけで、音楽のみを評価しているわけではありません。
ジャケットであったり、おまけCD・DVD・グッズ、などといった音楽とは一切関係ない装飾物も含まれています。
さらに演奏者などのヴィジュアルも加わってくることになり、何がなんだかわからない状態です。
マスメディアが頼りにならない分、ネットならなんとかなるかもしれません。
匿名性もあり、純粋に音楽だけでの評価ができるかもしれません。素人でも簡単に投稿できるという点もあります。しかし、音質が悪いという難点もありますが。
しかしそうなってくるとしても、今度は視聴者側にも問題がおきてきます。
素人も多いのだから、という理由で敬遠しがちになったり、きちんとした評価をせずに聞くだけで終わるといったこともあるでしょう。
仲間内で組んである人物に高い評価をつけたり、その反対であったり、捏造されることもあるでしょう。
普遍的なランキングは存在はしえないことになります。
チョコレートコスモス
![]() | チョコレートコスモス 恩田 陸 (2006/03/15) 毎日新聞社 この商品の詳細を見る |
【超簡単なあらすじ】
演劇における、無自覚の天才と、環境に恵まれ育ってきた秀才、そしてその他引き立て役が絡み合ったドラマ風味のお話。
【感想】
いわゆる、天才が才能を発揮して、周りがすげーっと圧倒される王道的なお話でした。
おもしろいけど、つまらない、という感じです。平凡な主人公が、素人ながらも演劇の才能をみせることで、他の人たちを驚かせ、読者が「どうだみたかー」とか「憧れるなー」とか思うだけのドラマで、マンネリの面白さしかありませんでした。
そもそも、演劇を小説にしても、あまり伝わらないのではないかと思います。文章から視覚化して感じ取るのは手間がかかり、実際に演劇を見て視覚からすぐに感じ取るのがスマートなはずです。
おまけに地の文には、なんとなく「凄さ」をみせつけるような言葉の羅列で、「あぁ、すごいかも」と思わせるような卑怯なやり方だと感じました。
演劇のような芸術とは、こういった小説のように「説明的」であるべきではない、と私は思います。
価値があるかないかは自分が決めればいいことであって、価値がないと思えばその対象にはその人にとって価値はなくなります。それを、押し付けがましく、つらつらと説明するこの小説は、非常に退屈なものでした。いわゆる「押し売り」「訪問販売」的なイメージが想起されます。図々しいのです。
陳腐なドラマを文章で見せられた思いです。
【関連】
書籍「ガラスの仮面」
ザ・マインドマップ
![]() | ザ・マインドマップ バリー・ブザン、トニー・ブザン 他 (2005/11/03) ダイヤモンド社 この商品の詳細を見る |
【超簡単なあらすじ】
脳の創造性を妨げる障害を取り除き、無限な思考へと繋げるための根本的な考え方、特にノートに「マップ」を作ることで多角的な発想をもたらすぞー、というお話。
【感想】
マインドマップというタイトルのように、マップのようなノートの取り方を基本として身につけることで、思考についてもマップ的要素を持った思考を持つようになるというものでした。
マインドマップを簡単に説明すると、真ん中にあるテーマを用意し、そこから連想するイメージを放射上に樹上的な広がりを持たせて、単語を膨らませていくというものです。よって中心から外側へ向かって多角的に連なっていくマップが出来上がってきます。
この方法を最初にみたとき、私は地球を思い出しました。地球は中心に引き寄せられ、それが360度から全体に集まってほぼ球状の形をなしています。
そもそも、「円」というものは、中心点からの距離が等しい点を結んだときの線をあらわしたものです。
つまり、球体であることは、中心からの距離が極力近いものを集めたものであるということがいえます。
マインドマップも同じです。中心から広がることで、一番外側にあるもの全てが、同様に中心に近いということで、リンク性のあるマップが作られます。また、広がっていく途中のイメージも中心と外側とのつながりだけでなく、横にあるイメージとの連携も生まれてきます。(同心円状のリンクができるという意味)
普通、ノートをとるときは、直線上に書くため、最後の文と、最初のテーマとなる文が遠い位置にあり、つながりが失われています。これが思考のふくらみを阻害している要因だといわれているようです。
また、マインドマップは「図」も加えます。これにより、「言葉」からのイメージだけでなく、「図」としての形からのイメージも膨らみ、さらに多くの連想が生まれてくることになります。
この無限ともいえる膨らみを持つマインドマップを書く癖をみにつけることで、それが脳の思考の放射的創造性を生み出そうというものです。
特に重要なのは、脳の中のニューロンは、このマインドマップのように、様々なニューロンとの繋がりを持っています。それは、ひとつのニューロンが10の28乗ほどのニューロンと繋がっているという事実にも合致します。
脳自体がこのような多様的連携を持っているのですから、マインドマップという思考技術は、理にかなった方法なのです。
今までありがちだった、「脳を使う」という発想書物とは違って「脳の発想の邪魔になるような、ノートの取り方をやめる」ことで、「脳本来の自由な発想を取り戻す」という興味深い本です。
まるで多方向にのびる木を見ているかのようなマップです。一本でも上に向かって大きな樹上的広がりを持つ木が、多方向に伸びるというのを想像すると、それはとても大きな広がりを持つのは間違いありません。
【関連】
書籍「自分を天才だと思える本」



















