少し変わった子あります
![]() | 少し変わった子あります 森 博嗣 (2006/08) 文藝春秋 この商品の詳細を見る |
【超簡単なあらすじ】
名も知らぬお店で、名も知らぬ女性と二人だけで食事をし、
その状況から様々な思惑を巡らすある研究者のお話。
8つのエピソードに分かれています。
【感想】
◆少し変わった子あります
このお話のイントロダクションみたいなエピソードです。
以前友人に紹介されたお店をふと思い出し、なんとなく行ってみる。そこでは名も知らぬ(名もわからぬ、名もない)女性と二人だけで食事をする。相手の情報はほとんどわからない。
わかる情報といえば、その女性の外面的特徴(顔、仕草、口調)のみ。しかしその特徴でさえ、ありきたりなもので、いわゆる「どこにでもいる」感じの女性。
(ちなみに、女性の食事作法は美しいとの記載が文章中にありますが、それは裏を返せば、完璧すぎて、逆に特徴が見当たらないといえます。そう私は考えました。)
他にお客がいない一室の空間という、この異常な状況下、二人だけで食事を行う。
次の日には、「中身」だけが残り、相手のことはほとんど思い出せない……。(つまり、特徴がなかったから)
このエピソードでは、まだ作者の意図が読み取れませんでした。(徐々に話が次へと進むにつれてわかってきます)
ただ、ここで私が感じた、他人と二人だけだと「気まずくなるのでは」という考えを浮かべたのは、次のエピソードへ進めるために「ある意味助かった」と言えます。
もしここで、「ラッキー。異性と二人きりで会話なんて願ってもないことだー」と思う、横しまな考えの持ち主だったら、肩透かしを食らうような話になるかもしれません。
わかりますか。あの、気まずい雰囲気。何か話さなきゃという焦り。あたりを支配する奇妙な沈黙。そして、無理やり作るどうでもいい質問、会話。
これらを一気に解体し、その部品を見て、なぜその「かたち」を作っていたのか、そしてそれがいかに無意味でばかばかしいものか、と私たちに思惑をもたらす独特なお話です。
※三日に分けて以後のエピソードをまとめていきます。(9/24現在)
◆もう少し変わった子あります
ある会話を一部抜粋……。
「お互いに、個人のデータを交換することで、人間関係が築かれる、とお考えでしょうか?」
これは、いわゆる情報(秘密)の共有による、連帯感の錯覚のことを言っているのでしょう。
実際、その相手のデータを知ったところで、相手に対して持つ自分のイメージはあっさりと時としていつか拭い去られてしまうことは多いです。さらにいえば、そのデータを相手が捏造して伝えているのだとすれば、それに対して持つ自分のイメージなんて無駄にすぎません。
結論として、相手の名前や言葉、情報にはなんの価値もない、ということを言っているのでしょう。
私がちょっと考えたのは、「もし、仮に記憶喪失で自分のことをまったく知らない人(しかし、日常生活には困らない程度)が表れた場合、『相手のデータを知り、関係を築く』という考えを持った人はその人を前にしてまったく動けなくなる」ということです。屁理屈っぽいですね……。
あともう一つおもしろかったのは、
抽象的な会話と具体的な会話のバランスの話です。
このエピソードの中の女性は、(仕方ない)コミュニケーションの中で、「データの交換」の際、なにかにつけて「具体的」な話になってしまいます。
すると、相手は「具体的過ぎる。もっと抽象的に」という。
しかし女性は、そもそもコミュニケーションとはベールに包まず情報を提供しなければいけないのではないか、なぜ抽象的にしなければならないのか、と疑問を抱きます。
そのバランスを大事にしなければならない、と研究者は答え、そこで、一応は終わります。
すごい、ばかばかしいですよね。このバランスを大事に、ってところが。このことからも、お互いの個人データ交換というコミュニケーションの価値の無さが伺えました。
※あと二日に分けて以後のエピソードをまとめていきます。(9/25現在)
◆ほんの少し変わった子あります
本文を一部抜粋……。お店が料理の説明をほとんどしないことを、研究者が気に入ってる理由を述べる場面。
「料理について、材料や製法などの説明をあれこれ受けることは、非常に退屈だと私は常々考えていたからだ。そんなことはどうだって良い。何故なら、一口食べればすべてがわかる。それ以外に料理の価値があろうはずもないではないか」
これは誰しも共通のことだと思います。
たとえ、いくら「最高の素材が使われている」などといわれても、食べてみて「おいしい」と思えなければ、それは本人にとって価値はないでしょう。ですが、「いわれてみれば、おいしいかも……」という、なんとなく、という思いに翻弄され、価値を見出せないことがあります。
それは人と接するのも同じです。
例えその人の説明的な情報をいくら聞いたとしても、実際に会って、見て、得たものこそが真実です。それなのに、多くの人は、その事前の情報に惑わされてしまっています。
また、言葉の不器用、不恰好、不完全、不細工、不躾さについてのお話も出てきます。
二人という状況下で、相手に気をつかうかのような、話さなければという焦りからくる会話が、いかに醜いばかばかしい、腹立たしいものか、を感じさせます。
このエピソードは私の一番のお気に入りの話でした。
※あと一日で以後のエピソードをまとめていきます。(9/26現在)
全部のエピソードはまとめません。ネタバレにもなりますし、かつ情報量が多すぎ、記載するのがもったいないからです。
説明を聞くというよりは、読んで感じ取るのが一番であることは間違いない本です。
◆また少し変わった子あります
去り際に「実は、結婚したんです」という女性と、「実は、結婚指定なんです」という女性について、ひっかかりを持った研究者が思惑します。
前者の女性は、他愛もない話をしたあと去り際に、急に「結婚したこと」についての話をし、去って行きます。これは、研究者にとって「唐突」なことでした。しかし、研究者にとって「それは、どうでもいいこと」です。
後者の女性は、話の最中にさりげなく「主人」という言葉を出し、相手に「結婚」についての話をすることがメインではありませんでした。しかし、そこに研究者は少しショックを受けます。去り際に、主人という言葉、結婚などが「嘘」だと聞かされ、研究者は当惑します。
以上のように相手に対する「好意」なしに、研究者の感じたこの違い、差はなんなのだろう、という疑問がわきます。
どちらも一対一でしか生じ得ない、女の武器であり、そこに翻弄されてしまう。単なる「言葉」でしかないのに、嘘か真実かもわからないのに。
このエピソードはこのような、女性が持つ、この状況下における「武器」について、無意味でありながら振り回される滑稽さについて書かれているのではないかと、感じました。駆け引きのような無駄で価値の無いもの、二人だけ、さらに異性間での、限定したお話でした。
◆さらに少し変わった子あります
◆ただ少し変わった子あります
◆あと少し変わった子あります
◆少し変わった子終わりました
【印象に残ったセリフ(名言のような)】
馴れ馴れしいのが、私は嫌いだ。どういうわけか、馴れ馴れしく親しげに振る舞うことが、人情味溢れる温かさであると勘違いしている向きが世の中には多い。
そういった安っぽい礼儀を、まさにコンビニ感覚で押しつけられるのである。
【装丁】
本の表紙は、銀箔を使ったシンプルでシックな仕上がりになっています。髪の毛と、スカート(?)に銀箔が塗ってあります。
銀箔は、角度を変えることにより、光の具合が変わってきますよね。それが、この小説の中に登場する女性のように、「こちらの見方によって光を増す」女性を表現しているのかもしれません。
また、銀箔にモノを近づけると、鏡のようにそれを映し出します。しかし、それは若干ぼやけた像となっています。
つまり、物事を映し出すか鏡のような女性であり、ちゃんと答えを出してくれるのではなく、曖昧なままぼかしてくれることで、ちゃんとこちら側に「思考すること」を残してくれている、そんな意味をこめて、このような装丁にしたのかもしれません。
とても情報量の多い、楽しめた本でした。他人に勧めたい一冊です。
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